終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

病院デート

昨日の耳鼻咽喉科での器具(カニューレ)交換の報告を兼ねて。

おかげさまで妻ののどのパイプ交換は上手くいった。新主治医はアラフォーのベテランだった。

最初に新しい器具を袋から取り出すとき、わたしの目には何かもたもたしているような感じがしたので、思い切って聞いてみた。

「失礼ですが先生はこの器具を今までに交換されたことがありますか?」と、

「初めてです」の言葉が返ってきたので驚いた。

「妻はこの器具交換の一瞬に命を懸けています。経験のある先生にお願いできないでしょうか?」と、思わず言ってしまった。

のどに開けた穴から太さ約1センチのパイプが12センチほど肺に向かって突き入れられている。

途中の気道(空気の通り道)はがん腫瘍で圧迫されている。その頼りない粘膜の中にポリエステルのパイプを突っ込むのである。

先が擦れ血管を破り大出血の恐れもある。

7年前、手術後のころは交換時の医師はビニールの前掛けがほとばしった血で真っ赤に染まっていた。

看護師さんが院内電話で連絡してくださったが経験のある医師はいなかった。

机がお隣の医師が協力してくださって交換が始まる。

・・・何のことはない今までで一番スムーズな器具交換だった。

後で聞くとこの大きさの器具は交換するのが初めてで、他の同種のパイプは何度も経験があるということであった。

まるっきりわたしの早とちりである。血もあまり出なかった。診察椅子の妻に「息はだいじょうぶ?」と確認すると眼でOKと頷いてくれ.る。

よかったぁ!

のどの穴開け手術後、今まで年に6回器具交換として×7で、わたしは42回は現場に立ち会ってきた。

それはもし大出血で交換中に妻の命が危うくなった場合、せめて最後の瞬間にはそばに居てやりたいと頑張って寄り添ってきたからである。

交換後、出血が止まり器具が安定するまで待合室で30分ほど過ごし、最後の吸入吸引をお願いして耳鼻咽喉科を後にするのが常で、この30分ほどの待ち時間が妻とのデートなのである。

「肩ももか?」

長椅子に並んで腰かけ少し斜めに座った妻の背中をゆっくりと指圧する。ずっと7年間続いてきたデートのクライマックスである。

昨日は3時から30分間の予定でもんでいたが、3時半を過ぎても「ありがとう」のお許しは出なかった。

最近ずーっともんでもらっていないので、と肩もみ継続の指令が出る。

それではと、わたしも意地である。妻からもういいよ、ありがとうの意思表示があるまでがんばろうと、黙々と肩を揉み続ける。

4時になってやっと妻からお許しが出た。

妻はしゃべることが出来ないので「ありがとう」の言葉での感謝はナシ。ほほがちょっと緩むだけで喜んでいるのやらどうなのやら?

妻の乗った車椅子を押して病院表玄関端の院内ローソンまで買い物に行く。中に入るのは妻だけでわたしは近くの待合の椅子でまた待ち時間を過ごす。

1時間後に大きな袋を3つぶら下げて出てくる妻を見届けてわたしは駐車場まで車を取りに行く。(ここで買い物が出来るということは器具交換後の息遣いが順調な証拠。)

午後1時半から部屋に戻る6時過ぎまで約5時間のデートである。離れて暮らしていて一緒に出掛けるのは病院だけだから、次の診察日がまた待ち遠しい。

(妻を送り届けて折り返し、今度は息子と「くら寿司」に出かけた話はまた明日にでも。)