終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

アルコール依存症・閉鎖病棟からの手紙ー11ー


「抗酒剤」 死ぬ気で断たねば禁酒無理

Keiちゃんお元気ですか。下痢は止まりましたか。yaは朝、気分よく学校へ行ってい ますか。 おいちゃんは、今朝からのどがいがらっぽく、せきが出て風邪ぎみです。ふろも控えよ うと思います。

皮肉なことに下痢は注腸検査以来なかなかやまりません。おいちゃんは どこかぐあいが悪いと、すぐ精神的に落ち込むやわな性格の所有者です。

しんどくて昼過ぎまで、ふとんの中でぐずぐずしていました。何もかもほうり出したくなるようなうっとうしさです。

動き回らないと何も解決しないと考え、新館の受付へ気分転換を兼ねて、手紙を預けに 行ってきました。あの坂道を散歩のつもりで二往復出来ました。

やっと歩けるようになったという喜びがこみあげてきます。計画を立てて毎日少しづつ距離を増やし、足腰を鍛えていこうと考えています。

坂道を上りながら、小さな心の変化に気づきました。何となく橿原市の断酒会くらいに なら、酒なしで行けそうな気分がしたのです。3月8日までに一度、皆と例会へ出席して みようかと思案しています。

2週間で1万円と少し遣い過ぎてしまいました。調子に乗って食費分がだいぶオーバ ーです。人にやるためのタバコを買うなど、またぞろおっちょこちょいの性格が顔を出しています。これからは自分自身の依存症克服のためにだけ一生懸命になるようにします。

Keiが病院に預けてくれている1万円から、洗濯代と電話代の名目で毎日3百円ずつ貸 し出しを受けています。いままでに5千円は差し引かれていますので、残額は5千円ちょ っとです。これからは節約して遣うつもりですのでどうかご心配なく。

Keiもあまり店屋物(てんやもの)ばかりに頼らず、ご飯は炊いてください。豆腐の味 噌汁だけでもいいですから、食生活には充分留意してほしいのです。そのことがおのずか ら健康と倹約につながります。迷惑をかけますがお互いにがんばりましょう。

例の I 氏が、本日から3泊4日でY郡山の実家へ帰りました。外出前にシアナマイドという抗酒剤を飲まされます。その薬は無色透明の内服液です。おちょこに1杯くらいの量で24時間効果が持続します。

シアナマイドを飲んだ上 にアルコールを体内に入れると、顔面の紅潮、血圧の低下、心悸高進などが起こります。 死ぬのではないのか、と感じるほどの苦しみを味わうのです。だから抗酒剤を服用すると酒は怖くて飲めないのです、と本にあります。

入退院を繰り返している者の大部分は、酒とシアナマイドを一緒に飲んだ経験者です。 おいちゃんはこの説明を読んだり聞いたりしだけで、シアナマイドに恐怖を感じていま す。

I 氏の巧妙なやり口はこうです。朝食のパンを口の中でクチャクチャやりながら詰め所へ出向きます。そうしてそこで与えられるシアナマイドを飲むのです。正確には飲むふ りをして、シアナマイド液をパンに染み込ませるのだそうです。廊下に出てすぐパンをごみ箱にペッと吐き出して完了です。こうすれば抗酒剤が体内に入りません。

I 氏が薄く笑いながら、おいちゃんに教えてくれました。詰め所では半分気づいてい るのでしょうが見て見ぬふりです。「心は岸和田に飛んでいる」と、I 氏はかん高い声 を残して外泊のため(飲酒のため)病棟を後にしていきました。  

「電車の中では出来上がってるやろな」と楽しそうです。「今夜は1時、2時まで 飲んでるやろ。その楽しみがなかったら、外泊なんかせえへん」と言って、依存症治療病棟から飲酒だけを目的に出かけていきました。始末に負えない依存症患者の行状です。

この1 階15号室の周りの者は、ほとんど酒をやめる意欲のない人達ばかりです。何回 も同じことを繰り返していると、そういう安易な気持ちに支配されてしまうのでしょうか。

想像すると少なからずぞっとします。 おいちゃんだけは絶対に酒をやめたいのです。酒を断つためのあらゆる努力をすることをKeiちゃんに誓います。

もう一度、新婚旅行で訪開したグァム島に行ってみたいです。毎夏の行事となっている 御座白浜(伊勢、志摩)への海水洛も再開したいと思います。

せめて60歳くらいまでは 生きて、普通の生活を取り戻したいのです、とこのごろかすかに未来が考えられるように なりました。

夕食後、薬を飲むため詰め所に上がり、偶然 O医師に出会いました。検査の結果を聞く と「私は痔だと思います」というだけで言葉を濁します。結局はっきりした返事はもら えずじまいです。

あせらずに火曜日を待つしかありません。「出血の原因を含めて、内科 医師の総合判断でお知らせします」と言うのです。

心配が募ります。返事が長引くことはO医師の言葉に反して、悪い診断が下される前 触れではないのでしょうか。次の火曜日というと25日です。まだもんもんが残るので す。ああ、嫌になります。

今ごろレントゲン室でドクター達が集まって、「ここの影が少しおかしいな」などと、 わいわいガヤガヤやっているのじゃないでしょうか。疑心暗鬼が限りなく広がっていきま す。

後ろのベッドで明治生まれ(78歳)のおじいちゃんが、「楽に死にたい」としきり につぶやいて、うめいています。心筋梗塞の持病があり入る病院が違うのではと思うの ですが、お嫁さんが一般の病院には連れていってくれないらしいのです。

この人も院内飲酒がやまらないのかもしれません。たばこを吸っているのは、もう命が 惜しくないからだそうです。ただ自殺もできないので「楽に死にたい」と繰り返すばかり です。

耳をそばだてていると、聞こえてくる話はどのグループのも悲惨な物語ばかのです。” 大酒飲む人は長生きができない”この緒論はどこも共通していて頭が痛いです。 おいちゃんには、いま、酒を断たない限り明日は望めません。

Keiの命のある間に、Keiの心がまだおいちゃんにつながっているうちに、死ぬ気でアルコールとおさらばします。

「死ぬ気で飲んでいた酒は、死ぬ気で断たないとやめられない」これはS断酒会長の例会を締めくくる決まり文句です。

夕食後1時間、便せんに向かっていると落ち着いてきました。明日から肝臓の薬とビタ ミン剤がなくなります。3月8日に帰った時は、おいちゃん愛用のいろんな常備薬を持ってくるつもりです。

ya君、お元気ですか。 お父さんは元気です。歩けるようになりました。朝には体操もできるようになりました。 今日は2月21日の金曜日です。また、土曜日、日曜日はヤンキースの練しゅうですね。がんばってください。

お母さんの言うことをよく聞いて、にんじんとかピーマンのやさいをたくさん食べて、 強くたくましい子になってください。 お父さんもがんばって病気をなおしています。 男の子はお母さんを守ってあげてください。お手つだいもすすんでするように、がんば ってください。

自転車に乗った時は、こうつうじこに気をつけて、安全をたしかめてうんてんをして、 前みたいに車とぶつからないように。 遠くからだけど、お父さんはyaのねる時、ちゃんと見ていますから、あんしんしてね てください。  

お父さんより。

(この記事はブログの原点になるアルコール依存症からの回復日記である。
昭和61年(1986年)、アルコールの専門病院に入院したわたしが妻に向けて毎日書き綴った手紙で、病院の玄関にある郵便ポストに切手を貼って退院の日まで投函し続けた。)