終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

森田療法 あるがまま

以前、陽だまりの中に猫がいる、と日記に書いたことがある。

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 写真の親猫は3年前の子猫のとき、アパートの裏に捨てられていた。

やせ細り干からびてカエルの干物(トノサマガエルが踏んづけられ川べりで干物状になっている)さながらだった。

底の浅い小さなプラスチックトレイに入れられた半合ほどの牛乳を自力でなめてその夜を過ごす。

あだ名を「さる」というのは干からびた状態が子ザルに似ているから、近所の人がそう呼んでいた。

その干からびたメスの子猫が野良として耐え抜いて大人になり、先月子猫を4匹産んだ。

2匹が生き残り母猫と陽だまりの中に居る。

森田療法の「あるがまま」の定義は難しいが、淡々とということである。

自分の身体は自分が全責任を持って対処なければならない。

だれも治してはくれない。

猫のように目の前のミルクをなめて(必死でなく)タンタンと生きて行く。

たんたんと・・・。

予期恐怖とか恐怖突入とか語義は感覚的にしか分からない。

日常生活の中で「いま」息をしていることを感謝する。

これが分かればちょっと前に進めるかもしれない。

(30数年前、精神安定剤をやめて、

虫の息をつきながら近鉄特急に乗って

大阪まで森田療法を受けに通った事を思い出しながら・・・。)

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(この目は極限を生き抜いた目である。)

30数年前、

アルコールの禁断症状とも知らず、わたしは"居ても立ってもおられない"不安感にさいなまれたいた。

いろいろとすがり付いた中の一つが森田療法であった。

30歳過ぎのサラリーマン時代、車の混雑に徐々に耐えられなくなっていく。高速道路で渋滞すると"居ても立ってもおられない"不安感が現れる。

わたしはドキドキと表現して日記などに書き散らしていた。

アルコールの害で38歳で退職を余儀なくされる。(ここら辺はちょっとはしょる)

無職のときの38歳から40歳までの2年間は、何回でも記す、"居ても立ってもおられない"不安感との闘いだった。

わたしには一つの希望があった。"森田療法でこの不安感がなくなるかもしれない"。

入院や通院での具体的な治療方法がある日の産経新聞に掲載されていて、「いつかほんとうにしんどくなったら訪ねよう」とその切り抜きを大事にしまっていた。

毎日毎日、不安感を消すため酒にすがり付く。起きても酔いつぶれても宇宙の果てまでさ迷っても精神の恐慌は解決しなかった。

わたしは妻と相談して森田療法の通院治療を選択する。思い切って大阪のクリニックへ行くことになった。

最初の日は妻に付き合ってもらった。もちろん体のアルコールは切れていない。

酒の力なしに電車に乗って大阪まで行くことは考えられなかった。

大阪北浜にある陰気臭いクリニックはビルの谷間の奥、小さなビルの一室にあった。しわのいっぱいある60がらみの痩せた男性医師がたった一人で待ち受けていた。

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新聞に載った顔の医師である。

簡単な面接の後に明日からはアルコールなし安定剤も飲まずに一人で来てください、と告げられる。

次の日は地獄であった。それでも治りたい一心である。言われた通りたった一人で酒も薬もなし虫の息で電車に乗る。息絶え絶えな日の始まりであった。

大学ノートに日記をしたため持参する。医師はそれに赤字で感想を書いて返してくれる。

がんばってがんばってがんばったけれど3週間後には飲酒して大阪に向かうようになっていた。

治療費は1週間9万円だった。まだ生きていた母に無理を言って出してもらった。3週間で27万円である。 

「次にこられるとき治療費として9万円持参ください」医師は簡単にそう告げるが4週目の9万円を貸してほしいと母には言えなかった。

「アル中と分裂病は治りません」と言われた次の日からわたしは大阪に行かなくなった。酒に酔っているので行けなくなった。

何度か自宅に医師から「とうしたのか?」と"お誘い"があったが、無視しているとしばらくして連絡も来なくなった。

その何日か後からわたしは連続飲酒発作に襲われる。酒がやめられなくなり"死のう"と思ってのたうち回る2週間が始まるのである。

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『坂本様

人間は生身の身体故に常に完全を期すことはできません。

貴方は本当は大した病でもないのですが病気を恐れるという気質が根本にあるため、常に異常がないかどうかをさがしているのです

さがせば必ずどこかに異常を感じるものです。その感じた異常を病的に恐れ そこから逃れよう それを治そうとして努力が始まるのです。これがノイローゼの始まりなのです。そして、努力をかさね万策をつくせばつくす程益々悪くなってしまいます。

即ち努力することが逆結果を生みだしてくるのです。何故なればそのことに心が集中するから そこに心の固着が出来「浮き上がるような」感覚をともなってくるのです。

ですから結論として

ばく直に前進して回顧するなかれ。これが一番の治療法です。』

27万円もした一枚の紙切れが捨てられなくてまだいまでも手元に残してある。

(ばくじき=まっしぐら)