終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

アルコール依存症・閉鎖病棟からの手紙ー23ー

「酒の魔力」 飲んですべてを忘れたい!

昨夜は、電話出来なくて申し訳ありません。兵庫県南部の断酒会から夜間の訪問がありました。尼崎出身のK氏より突然誘われ、pm7:45~8:45までミニ例会に参加していたのです。

体がしんどくて途中で何度も逃げ出そうと心穏やかではありませんでしたが、我慢して最後まで粘っていました。

尼崎は厳しい地域です。会によっては毎日毎晩、1年365日の例会出席が義務付けられていると聞きます。そうまでしな いと酒の魔力に負けてしまう暇ができる恐れがあるからです。

Uというおっさんは入退院を15回も繰り返しています。どうしても酒から逃れられないと、片ほほをしかめてうつむいたままです。

風邪なのか妙に神経が興奮してきています。昨夜もあまり眠れませんでした。もうこんな日が3日も続いています。

pm0:25、下の15号室は寒いので2階へ上が?て来て書いています。今日はいい天気で、ちょうどの運動日和です。皆はグラウンドヘソフトボールの試合に行っています。

おいちゃんは相変わらず体がだるくてしんどくて、野手に選ばれていたのですが布団の中でうとうとしていました。  

しんどくて、しんどくてたまりません。叫び出したいはどです。ノイローゼ一歩手前の最悪の状態です。病院を逃げ出したいです。しかし逃げるということは酒にもつながる可能性があります。

それを考えると気分は限界まで落ち込んでいってしまうのです。睡眠薬を飲まなくなってかなりの期間になります。今晩久しぶりに飲んでみようかなと思案しています。

昨日もpm10:00に床に入りam00:00ころまでカセットで音楽をじっと聞いていました。イャホーンを耳に差し込んで考えることは嫌なことばかりです。

少し眠ったようでも明け方のam5:00ころかなと時計を見るとam00:30で、30分しかたっていません。その間にいろんな過去の出来事が頭の中を駆け巡ります。いったいどうなっているのでしょうか。そして、それから後も20分おきくらいに、ひっきりなしに目が覚めるのです。  

酒のために脳細胞がどうにかなってしまったのかもしれません。胃部が重たく感じられます。腕と太ももの筋肉が痛いです。それでも体のだるさ痛さなら我慢も出来ます。心の迷い精神の錯乱はどうしても防ぎようがありません。  

また何もかもがめんどうになってきました。酒はやめるつもりでいますが、こういう気分が長く続くと自信が徐々になくなっていきます。体の症状ばかりにとらわれていると、難儀な病気にかかったなあと気が遠くなりうんざりです。絶望感がわき上がります。  

開放感が一つもありません。酒をやめるために何事にも耐えています。だからでしょうか、スケジュールどおりに一つ仕事をこなしたとしても、やり終わってからの満足感が全くないのです。この先どうなるのかという不安感しかありません。  

どうなっているのでしょうか。並みたいていのことでは酒をやめられないということをひしひしと感じます。何回も、何回も入退院を繰り返している人や、必死になって断酒している人を見るとつくづくそう思います。心が小さくなってゆきます。  

完全にうつの状態です。1週間ほど前はもっと張り切っていました。体力をつけなければと朝から体操、ランニングと元気なものでした。15号室に移ってから風邪を引いたので、その症状に一喜一憂しているのでしょうか。また、煩わしい人間関係に心の底で嫌気がさしてきているのかもしれません。  

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いろいろなことが総合されてがんじがらめになろうとしています。体が回復して、少し歩けるようになった直後の感情とは大きくかけ離れています。

ひょっとして何とかなるのではないのか、という希望の見えていた時期と比べると雲泥の差です。何としても気分の乗りが悪く、体調も微妙なところで狂ってきています。悪循環です。  

断酒会とか読書会に出ると必ず落ち込みます。皆は必死になって酒をやめようとしています。がんばってもそれでもやまらない人が100人中99人もいます。えらいことになったなあと、いつも気分はそこへ集中していくのです。   

断酒するには断酒会につながり、1日断酒、例会出席でがんばるしかないと教えられます。酒、酒、酒で明け暮れてきたおいちゃんです。まだまだ、酒をやめて社会復帰している自分の姿が想像できません。Key!どないしょ。  

病院側が常に言っています。「患者の中からも、断酒の気運が盛り上がってほしい」と。でも、それは無理です。おいちゃんの周りの連中は酒をやめる気のない者ばかりです。

やめようと考えてもやまらないから、あきらめているのでしょうか。病院に隠れて、わからなければ飲んでやれという連中ばかりです。  

外泊しても飲んできて平気でいます。帰院する日に1日酒を空け、においの消えたところで病院へ現れるのです。

「ぐでぐでに酔って戻ってきた者は、アホやへたくそや」と薄笑いを浮かべ、罪の意識は1つもありません。どうせ再び反省室に入れられるならば、思い切り飲酒して帰ってやれと、だれはばかることがないのです。  

未来のおいちゃんを見ているようで最悪の気分です。酒の誘惑は意志の力を上回ります。自分の考えでコントロールできるのなら、皆はこんなにも苦しまないでしょう。

吸い寄せられるようにして冷蔵庫の扉を開け、缶ビールにくらいついていた昔を思い出します。あのどうしても意志の力ではやまらなかった、酒の魔力とはいったい何なんでしょう。  

考え込んでいると、飲んで全てを忘れてしまいたい気分に駆られます。飲んで管を巻いて眠りたいです。

(この記事はブログの原点になるアルコール依存症からの回復日記である。
昭和61年(1986年)、アルコールの専門病院に入院したわたしが妻に向けて毎日書き綴った手紙で、病院の玄関にある郵便ポストに切手を貼って退院の日まで投函し続けた。)