終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

精神的な地獄からはすぐに抜け出せる

本日のタイトルは、わたしの信奉する小林正観氏のご著書『幸も不幸もないんですよ』(マキノ出版)、226ページにある小見出しである。

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地獄とは"孤独地獄"のことらしい。その地獄から抜け出すには"自分の存在が喜ばれている、喜ばれるように生きる"と文字を太字にして述べておられる。

喜ばれるようにやっていくいちばん簡単な方法は、頼まれごとをどんどんやっていくとある。

わたしの営んでいる便利屋業などはこれの積み重ねで成り立っている。

サラリーマン生活からはみ出してアルコールを完全に断ってからわたしは30年前に便利屋を一人で開業した。

そのときの決意が

1、絶対にネクタイは締めない。

2、営業しない。

の2つであった。お客様が来るかどうかもわからないときで、喜んでもらおうなどという高尚な意思など持ち合わせていなかった。

とりあえず自分のこと中心で1と2を優先し心に置いた。

2の営業しないはサラリーマン時代にわたしは営業マンとして苦しみ、向いていないと悟ったからである。

とにかくお客先の敷居が高かった。小さなメーカーで代理店、販売店回りを担当していた。

自分で訪問計画を立て自由な間隔でルートセールスが出来たのだが、お客先事務所のドアを開けるのがオックーだった。軽い対人恐怖症に罹患していたのかもしれない。

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だから自分で商売を始めて「何か御用はございませんか?」のこちらから顔を出しお伺いを立てる営業は絶対にしないと心に誓ったのである。

いちばん最初にチラシを見たと言って"あて名書き"の仕事が舞い込んだ。2つ目は同じくチラシを見て水道の蛇口交換の仕事を頼まれる。

それ以来32年間お陰さまで便利屋稼業は細々と続いているが、こちらからの働きかけはチラシを1枚ずつポスティングするくらいで、こちらから出向いて「雨漏りしていませんか?」「ペンキ塗り変えましょうか?」などの営業は一切してこなかった。

それはそれで恵まれていて幸せだったと思っている。

現在も頼まれ事を有償無償にかかわらず無条件に受け入れるように心がけている。

73歳になり引っ越しなど重たい荷物を運搬する仕事などからは離れているが、草むしりや粗大ごみ処分など一人で受けられる仕事は続けさせてもらっている。

階下のあんちゃんから東京に住む猫好きの姉ちゃんに送りたいからと、現在飼っている猫のみーちゃんの撮影を頼まれている。出来上がった写真をコピー機で拡大して送るらしい。(これは無償)

他から椅子も「ないか?」と頼まれている。

小林正観氏は言っている。頼まれやすい人格、人相になるよう自分を節制、変えていかなければならないと。もう氏の教えに従って15年以上になる。

平成の30年間、便利屋稼業が細々と続けられたのは案外こんな所に理由があるのではないかと思っている。

 

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