終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

アルコール依存症・閉鎖病棟からの手紙ー50ー

「Yさん退院」 白いライトバンに乗って

快晴。退院日和です。Yさんが病院を出ていきました。

正午ちょうどに、ケースワーカーの運転する白いライトバンに乗って退院していきました。  

5月初旬にしては少し体を動かすと汗ばむほどの陽気の中を、国道の給油所でガソリンを入れた車は、一瞬スピードをあげて街角へと消えて行きました。

行く先は天六の更正施設です。酒をやめて2カ月の準備期間をそこで過ごします。

上手に施設を利用して立派な社会復帰を果たしてほしいと念じずにはおれません。  

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Yさんについては、もっといろいろと書きたいことがあるような気がしています。

貧乏から始まって、ギャンブルと酒と覚せい剤とで西成のアンコにまで身を沈め、それでも限りなく人に優しいYさんに興味は尽きません。  

怠惰の中の転落なら掃いて捨てるほど題材は転がっています。Yさんには50歳に似合わぬ気力と夢が感じられました。

教育はあまり受けていないと言っていましたが、西成でもまれてきた人間独特の温か味と知性が忘れられないのです。  

Yさんの笑顛が好きでした。笑うと目が泣いたように潤んで、笑っているのか泣いているのか分かりません。

3月、1階の15号室が寒くてたまらない日、2階の2号室でYさんのおしゃべりによく耳を傾けたものです。

6人兄弟の長男の転落話には家を守るための哀調がじゅうぶん感じられました。

(この記事はブログの原点になるアルコール依存症からの回復日記である。
昭和61年(1986年)、アルコールの専門病院に入院したわたしが妻に向けて毎日書き綴った手紙で、病院の玄関にある郵便ポストに切手を貼って退院の日まで投函し続けた。)

 

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