終活 ひきこもりの息子を自立させるまでは死ねない

デジカメの編集画面にいつも笑顔の息子が現れる。「がんばれよ!」と小さく声に出してみる。

いつかは確実にこの世からいなくなる恐怖

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近所のスーパーの花屋さん

若いころは気が弱かったのでときどきタイトルに書いた死の恐怖におびえていた。

1人で家のふろに入り頭を洗う。目をつぶって髪の毛にシャボンを泡立て2、30秒ごしごしとこする。

そんなときいつかは確実にこの世からいなくなるんやなぁと恐ろしくなり

慌てて途中で泡を洗い流し目を開け周りを見回してみる。

そうなんや、いつかは死ぬんやとぞっとする。

その恐怖を打ち消すためにそのとき直面している困難なことの解決モチベーションにする。

いつかは死ぬんやから生きている間に頑張ろうとちょっと前向きになる。

 

どこで気持ちが吹っ切れたのか知らないが

今は全然怖くない。

眠りについて朝に目が覚めなかったらそれが死ぬことだと感じている。

覚悟ではなく、そうかぁと感じている。

吹っ切れた出来事を何かにこじつけるとやはり心臓バイパス手術の0.5秒に行きついてしまう。

冠動脈の3本がほとんど(3本とも90%)詰まっていると主治医から告げられても、

1年半ほど食生活を改めて何とかしてやると勝手に意気込んで本式のカテーテル検査を拒否し続けていた。

(この1年半の間に心筋梗塞で死んでもおかしくなかったが、何とか過ごしていた。)

 

手術の日は突然やって来た。

心臓がドキドキした時に舌下に放り込むニトロが手元に1錠になり

土曜日だったこともあり日曜日の分と合わせて5粒ほど緊急に貰おうと

車で救急窓口に乗り付けた。

駐車場を管理している方に「5分で戻ってきますから」と告げて受付に回る。

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救急の診察室でカルテを見たそのときの当番の医者から

「このまま帰すわけにはいきません。帰ったら今晩死にますよ」

と言われ1年半拒み続けていたカテーテル検査を内科病棟で受けることになる。

検査の結果「内科では対応できませんので外科に回します。」

ここで手術が決定していた。

同意書が要るということで妻に連絡がいくが外出中でなかなか連絡がつかず、

隣町に住んでいる弟と連絡がつき手術となる。

手術寝台に乗せられて廊下を運ばれていく。

麻酔医師が「10秒ほどで意識がなくなります」という。

麻酔がかかる前の0.5秒で「あっこのまま手術が失敗したら・・・」と諦めた。

諦めたというより「まあ しゃあないな」という感じだった。

受診した当日の緊急手術だったので「嫌だ!どうしよう?」と暴れるすき間はなかったのであ。

おかげさまで10時間の手術は成功し翌朝に目覚めたが、

いまでもあのまま目が覚めなかったら死んでたんやという思いは強い。

だから毎日寝ることで朝に目が覚めなかったらこの世ておさらばであるのだから、

若いころのように「いつか確実にこの世からいなくなるという恐怖」は・・・・・

全くないのである。

 

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